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2012年3月11日日曜日

ハワイ問わず語り③


【4日目】 2012年2月27日 ~ダイヤモンドヘッドとフラ~

昨日のエキシビジョンの緊張から解放されて、しばしハワイを楽しむことにする。

念願のダイヤモンドヘッドに登ることにした。
路線バス「The Bus」に乗るために、アラモアナショッピングセンター前のバス停まで行った。

バスには何度か乗って乗り方は経験済みだ。
The Busのサイトには情報が満載)

The Bus の路線図

午前10時半には登山口に着いた。

1年前に来た時は、補修工事中で入口から引き返した。
20年近く前に来た時は、ワイキキの浜辺から眺めるだけだった。
ハワイの象徴でもある場所を一度訪れてみたかった。

前日は雨模様だったが、今日はいい天気である。
風が強い。
360度見渡せる景色は爽快であった。
やっと来ることができた。

ダイヤモンドヘッド登山口へ

大パノラマ

大勢の人でいっぱい

登山道はどこも狭い



ハワイにはこんな言葉はある。
「Hawaii is hula and hula is Hawaii.」
フラはハワイそのものだ、というハワイの文化や精神が凝縮された言葉だ。
ダイヤモンドヘッドやフラの起源にも面白い伝説がある。

ダイヤモンドヘッドは約10万年前にできたそう。
火山の女神ペレがタヒチからハワイにやってきて、永遠の炎を保てる住居を求めて穴を掘った。
その内の一つがダイヤモンドヘッドのクレーターだとか。

そして、フラの起源は、
火山の女神ペレの妹ラカが気性の荒い姉をなだめようとして踊ったことに始まったと。
フラは女神の舞、そしてラカはフラの女神と言われている。
人々はラカやペレが舞う姿を見て真似るようになった。

また、人々は神々を崇め讃える儀式を行い、祈りの踊りを捧げ続けてきたそうだ。
ダイヤモンドヘッドの頂上付近にもヘイアウという祭壇場があったという。
永遠の炎が消えないように風の神に祈りと踊りを捧げてきたのだとか。

やがて人々は航海の目印として篝火を灯すようになる。
そしてこの篝火が消えないようにと祈り踊る。
時代が進み、祭壇場があった場所に灯台が建てられたそうだ。

フラの虜になり、昨日はエキシビジョンで踊った。
その時に身に付けた生花のレイや髪飾りをハワイの神々に捧げようと草の上に置いた。
生花は自然に返すのもしきたりのよう。
皆そうしている。

特に、火山の女神ペレが安住しているとされるハワイ島のキラウエア火山では、
レイや花々、果物がいつも捧げられているそうだ。


火山の女神ペレ
冠の花はオヒアレフア
この花にもペレの恋の神話がある

バスでホテルの近くに戻ってきた。
昼食はパンケーキの店に入った。
とにかく量の多い店ということで、6人で3人分を注文して食べたが十分であった。



明日の帰国のフライトは、午前9時のJAL075便である。
午前6時までに空港に集合ということで、早起きしなくてはならず、早めに部屋に入った。
しかし、最後の夜ということで、多摩川グループで打ち上げをすることになり、
ホテル内にあるABCストアでビールを買った。
おつまみは来るときに各自が持ち込んだお菓子などで十分だった。


【5日目~6日目】 2012年2月28日、29日 ~大雪の東京へ~

2月28日、朝5時55分にホテルのロビーに集合した。
東京からメールが届いた。
「東京は大雪なので、成田空港が閉鎖になることも考えていた方がいい」といっている。

午前6時にホテルから空港に向かう。
JAL075便は定刻に離陸した。

ハワイは快晴

東京とホノルルの時差は19時間ある。
計算しやすいようには、日付けに気を付けて、5時間をプラス・マイナスすればいい。
2月29日の13時25分、雨の成田に着陸した。

東京は大雪

孫たちへのお土産を航空便でシンガポールに送った。
後日、シンガポールの自宅から、孫たちのファッションショーがSKYPEで届けられた。
サイズが心配だったが、とても似合っていて安心した。



<完>


ハワイ問わず語り②


【3日目】 2012年226日 ~エキシビションと特別レッスン~

今日は私たちが参加する「エキシビション」である。





エキシビジョンは12時から始まる。
午前9時に集合して、髪形や飾りの生花の点検をした。

会場は、アラモアナ・ショッピングセンター センターステージである。
ホテルから会場まで、旅行会社のトロリーバスでの送迎だった。
午前10時前に到着した。

出場は10チームで、全チームが日本からの参加である。
パフォーマンスは、ソロあり、5人~20人のチーム編成あり。
私達のチームが最も大人数の20人であった。



1チームのパフォーマンスは10分。
持ち時間の範囲なら何曲踊ろうが自由であった。

わがチームは4番目の出番であった。
エキシビションとはいえ、コンペさながらに審査員が目の前に陣取って審査する。
大勢の観客も観ている。
ショッピングセンターの吹き抜けがステージだったため、上階からもたくさんの人が見ている。

私をはじめチームのメンバーは結構ナーバスになっているようだった。
でも始まってみれば10分間はあっという間だった。

ステージはこんな感じ
審査員が目の前に、、、

20人で晴れ舞台

フラダンスの本場で、大勢の観客を前に踊り終えた、、、。
“ホッ”とした気持ちになった。

すると、講評が気になるものだ。
後で伝え聞いたところでは、ダンスはもちろん、衣装の色や長さ、袖口からの腕の見え方、
化粧では口紅の色の統一感など、実に細かい点まで審査の対象になっていたという。

踊り終わって午後4時頃ショッピングセンターのフードコートで食事を取った。

午後5時からは特別レッスンが予定されていた。
レッスンのスタジオの場所がよくわからず、雨の中を探しながら辿り着いた。
10分ほど遅刻してしまった。
レッスン料は100ドルだった。

レッスン後の夕食は、「ハードロックカフェ」という店だった。
若い人たちに人気のお店のようだ。
サウンドが大きくて落ち着かないとスキップした人もいた。
食事の後は、お土産を買いに出た。

日本の人気グループ「EXILE」のボーカルをイメージキャラクターに起用したという
ハワイアン・カジュアルブランドのお店に行った。
孫たちに頼まれたのだった。




孫たちは予めインターネットで欲しいものを探して、目当ての商品を決めていた。
人気ゆえか、日本人に合う「M」サイズのシャツ類がなかったのでタオルを買った。
これでお土産は買い揃った。

<続く>


2012年3月10日土曜日

ハワイ問わず語り①


ハワイ旅行の話はいつ聞いても心地よい。
ましてや、いつも私の旅の相棒を務めているわが女房のハワイ旅行の話となりゃ、
いやでも身を乗り出さざるを得ないだろう。

2012年2月24日に成田を飛び立ち、2月29日に帰ってきた。
旅の写真の整理やお土産の仕分けを手伝いながら聞いた女房のハワイ道中。

記録係として記念に書き留めておくことにする。

今回のハワイ旅行は、「フラダンスのコンペティションに出場するため」といえば格好がいいが、
まだまだ練習が足りずに、出場とはいえエキシビションに参加するためだった。

女房のチームは総勢20人での参加である。
小田急線の多摩川鉄橋の辺りにあるフィットネスクラブでレッスンを受けている仲間である。


ここからは、わが女房に語り手をゆずることにしよう。

・・・フラダンス・ハワイ旅、スタート・・・

【1日目】 2012年224日 ~出発からハワイ初日~

JR新宿駅から成田エクスプレスで成田空港に向かった。
私たちがレッスンを受けている先生は、藤沢市でもフラダンス教室を開いている。
空港で、その藤沢教室の人たちと合流した。

今回のフラダンス旅は、私たち「多摩川チーム」と、もう一つの「藤沢チーム」の混成だった。
20人で「エ・フラ・マイ・フェスティバル2012」のエキシビジョンで踊る。




夜9時10分、JAL074便は定刻に離陸し成田を発った。
離陸するとすぐに機内食がでる。
食べ終わるとすぐに眠りに落ちた。
目が覚めるともうすぐハワイだった。

日付け変更線をまたぎ、日本を発った224日同日の午前、ホノルル空港に到着した。




真冬の日本から常夏のハワイへ。
「いよいよフラダンス三昧!」だと期待が膨らんだ。




ホテルのチェックインの15時までには時間がありホテルの部屋には入れない。
空港で夏服に着替えたり、必要なものはスーツケースから出したりした。
大きな荷物をホテルに預け、チェックインまでの時間をそれぞれに過ごす算段だ。
旅行会社の送迎バスで、総勢20人は3つに分かれ、それぞれのホテルまで行った。

我々多摩川グループは、そのままチャイナタウンへ行き、フラダンスの衣装などを買った。
日本に比べて安かったので2着買った。
昼食はチャイナタウンで済ませた。
15時にホテルへ戻ってチェックインの手続きをした。

夕食はアロハタワー近くの会場でディナーショーの予定だった。
現地集合だ。
タクシーはお金がかかりすぎるというので路線バスに乗った。

運賃は一律2.5ドルであったが、皆ぴったりの小銭を持っていなかった。
バスのマシーンからはお釣りが出ないし、運転手もお釣りを用意していない。
そのことを理解するのに一苦労した。
結局、2人で5ドルを払うことにしたのだが、時間がかかり手間取ってしまった。
いつもの添乗員さんがいるツアーの良さがわかった。
ライブは22時までだった。



ホテルに戻り、明日のコンペ見学の準備をした。

ベットに入ったのは12時を過ぎていた。

【2日目】 2012年225日 ~フラダンス・コンぺの見学~

今回のフラダンス・コンペティションは、「第2回 エ・フラ・マイ・フェステバル2012」。
「エ・フラ・マイ」とは、現地語で「楽しくフラを踊ろう!」という意味らしい。
日本では旅行会社の
H.I.Sがツアーをまとめている。
「ハーラウ」というフラダンス団体のメンバーであることが参加資格となっている。



コンペの会場は、ワイキキのハレ・コアホテル ルアウガーデン。
米軍関係の保養所になっていて、ガイドブックには記載されていない。

コンペは午後からなので、午前中はマーケットに買い物に行くことにする。
目指したのは、
ハワイ最大のフリーマーケットだという「アロハ・スタジアムのスワップミート」である。
アロハスタジアムまでは、ワイキキから路線バスで1時間ほどかかった。

スワップミートは、アロハ・スタジアムという野球場を会場に毎週土日に開かれている。
ひとまわり見るだけで1時間はかかりそうだ。
孫たちに頼まれたスカートやTシャツなどを買った。




コンペは正午からはじまった。
出場は10チームで、地元ハワイや日本各地から参加していた。
コンペが終わった後、18時からは「エ・フラ・マイ・パーティ」が開かれた。
バイキング方式であったが、野菜類がなかった。





明日のエキジビションの最終チェックをしなくてはいけない。
しかし、、、買い物に出てしまった人もいたりしてチェックには全員が揃わなかった。
ホテルに戻ったのは夜10時半頃。
準備に遅くまでかかってしまった。

<続く>