2012年6月30日土曜日

梅干し作り④ <梅酢を取り除く>


6月18日に梅を塩漬けにした。

時々様子を確認しながら10日目の6月28日、たまった梅酢を取り除いた。

梅酢はいろいろな料理への使い道があり、捨てたりせずに取っておく。
テキストにもレシピが記載されている。
例えば、生姜を漬けたり、胡瓜の浅漬けを作ったり、、、。
さっぱりした一品に重宝だ。

取り除く際には雑菌が入らないようにお玉も熱湯消毒するといい。

塩漬けから10日目
上がってきた梅酢を

梅酢は取っておく

ついでに、去年使いきれなかった赤紫蘇が残っていたので、赤紫蘇ジュースを作ってみた。
赤紫蘇の量が少なかったからか色合いがいま一つ。
梅雨明けに5~6倍に薄めて飲んでみようと思う。

去年の赤紫蘇で作ったジュース


【 ポイントのおさらい <梅酢を取り除く> 】

=塩漬けから10日ほどの梅酢は取っておいて様々に使う=


<続く>


2012年6月29日金曜日

「ベルリン国立美術館展」と湯島界隈②


国立西洋美術館

御茶ノ水から湯島を抜けて、上野の国立西洋美術館に到着した。

「ベルリン国立美術館展 学べるヨーロッパ美術400年」を鑑賞する。
パンフレットは、
「初来日、フェルメール「真珠の首飾りの少女」 in ベルリン国立美術館展」となっている。
日本のフェルメール人気がうかがえる。



パンフレット
フェルメールが呼び物に

ベルリン国立美術館という1つのミュージアムがあるわけではない。
ベルリンの美術館・博物館群をまとめた総称である。
そのコレクションから絵画、彫刻、素描など100点以上が来日した。

展示の構成は6章となっていた。
第1章 15世紀:宗教と日常生活
第2章 15-16世紀:魅惑の肖像画
第3章 16世紀:マニエリスムの身体
第4章 17世紀:絵画の黄金時代
第5章 18世紀:啓蒙の近代へ
第6章 魅惑のイタリア・ルネサンス素描

第1章 15世紀:宗教と日常生活


「聖母子とふたりのケルビム」
ドナテッロ工房 1460年頃
ケルビムとは智天使

「聖母子」
ルーカ・デッラ・ロッビア 1450年頃
彩釉テラコッタで有名なデッラ・ロッビア工房を起こした
ルーカの後を甥のアンドレア(下作品)、その子ジョヴァンニと継ぐ名門に
大理石とは異なる焼き物による造形

「聖母子、通称アレッツォの聖母」
アンドレア・デッラ・ロッビア 15世紀後半
デッラ・ロッビア一族の特徴が出ている
一族の作品はフィレンツェや近郊の街に多く見られる
フィレンツェから8km程のフィエーゾレのバンディーニ美術館には
ロッビア作品が多く所蔵されている

「聖母子と聖ヒエロニムス」
ベルナルディーノ・ピントゥリッキオ 1490年頃
ピントゥリッキオはルネサンス・ペルージャ派
ラファエロはペルージャのペルジーノのもとで修行した

「キリストの磔刑、ふたりのマリアと福音書記者ヨハネ」
フィリッポ・リッピ 1440年頃
リッピはルネサンス中期フィレンツェ派の画家
ボッティチェリの師でもあった

「洗礼者聖ヨハネ」
エルコレ・デ・ロベルティ 1480年頃
ロベルティはフェラーラ派
フェラーラ公国エステ家の宮廷画家に
1474年生まれの幼いイザベラ・デステに絵画を語ったやも、、

「奏楽天使」
ティルマン・リーメンシュナイダーと工房 1505年頃
リーメンシュナイダーはドイツの彫刻家
ローテンブルク・聖ヤコブ教会「聖血の祭壇」、
クレークリンゲン・ヘルゴット教会「マリアの昇天祭壇」など
ドイツ・ゴシック芸術の頂点を極めたといわれている

「龍を退治する馬上の聖ゲオルギウス」
ティルマン・リーメンシュナイダー 1490年頃
こちらもリーメンシュナイダー

第2章 15-16世紀:魅惑の肖像画


「コジモ・デ・メディチの肖像」
アンドレア・デル・ヴェロッキオの工房 1464年頃
レオナルド・ダ・ヴィンチやボッティチェリも師事したヴェロッキオ工房
肖像はフィレンツェの「祖国の父」といわれるコジモ


「女性の肖像」
グレゴリオ・ディ・ロレンツォ・ディ・ヤコポ・ディ・ミーノ 1470年頃
Gregorio di Lorenzo は1436-1504年のイタリア彫刻家

「ヤーコプ・ムッフェルの肖像」
アルブレヒト・デューラー 1526年
デューラーはドイツの画家・版画家
プラド美術館所蔵の「アダムとイヴ」や黙示録木版画連作など
素晴らしい作品を生み出している

「マルティン・ルターの肖像」
ルーカス・クラーナハ(父)の工房 1533年頃
クラーナハはデューラーと同時代のドイツの画家
数々の「アダムとイヴ」を描いた
友人のルターやその家族の作品も多い

「金貨を量る若い女性」
ヤン・サンデルス・ファン・ヘメッセン 1530年頃
ヘメッセンはアントワープの画家
16世紀、風俗画という新しいジャンルが確立されつつあった
後に「放蕩息子」や「酒場の情景」を描く

第3章 16世紀:マニエリスムの身体


「ルクレティア」
ルーカス・クラーナハ(父) 1533年

「アポロ」
アレッサンドロ・ヴィットリア 1550年頃
Alessandro Vittoriaは1525-1608年のイタリアの彫刻家

第4章 17世紀:絵画の黄金時代


「3人の音楽家」
ディエゴ・ベラスケス 1616-20年頃
ベラスケスはバロック期・スペインの画家
スペイン絵画の黄金期の巨匠

「エウクレイデス」
ルーカ・ジョルダーノ 1650-53年
ジョルダーノはバロック期イタリア・ナポリ派の巨匠
ナポリ派の始祖的なホセ・デ・リベラ(スペイン・バロック)に師事した
そのリベラはイタリアでカラヴァッジョ派から刺激を受けた
エウクレイデスは古代ギリシャの数学者・天文学者

「アルキメデス」
ルーカ・ジョルダーノ 1650-53年
古代ギリシャの学者を描いた連作の一部

「難破する聖パウロのいる風景」
ピーテル・パウル・ルーベンス 1605年頃
ルーベンスはバロック期フランドルの画家
「王の画家にして、画家の王」と呼ばれた

「滝」
ヤーコプ・ファン・ロイスダール 1670-80年
ロイスダールは17世紀オランダの画家
オランダ絵画の黄金期、風景画家として活躍

「果物、花、ワイングラスのある静物」
ヤン・ダフィッツゾーン・デ・ヘーム 1651年
ヘームは17世紀オランダの静物画家

「真珠の首飾りの少女」
ヨハネス・フェルメール 1662-65年
17世紀オランダ絵画の黄金期を代表する画家
17世紀半ば「取り持ち女」辺りから風俗画家となる

「ミネルヴァ」
レンブラント・ファン・レイン 1631年頃
フェルメールとともに17世紀オランダ絵画の黄金時代を築いた
「光の画家」「光の魔術師」と称される

「黄金の兜の男」
レンブラント派 1650-55年頃
レンブラント作だと思われていたが、アトリエの弟子たちの作だと判明した
当時は民衆にも絵画の需要があり分業や弟子の力が必要だったそうだ

「イノシシ狩り」
イグナーツ・エルハーフェン 1690年頃
Ignaz Elhafenは1658-1715年デュッセルドルフで活躍した彫刻家

「シカ狩り」
イグナーツ・エルハーフェン 1690年頃

第5章 18世紀:啓蒙の近代へ


「バテシバ」
セバスティアーノ・リッチ 1725年頃
リッチは17-18世紀に活躍したヴェネツィア派の画家
ヴェネツィア・ロココ絵画の先駆的存在であった

「聖ロクス」
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ 1730-35年頃
ティエポロは18世紀イタリア絵画の巨匠、ヴェネツィア派
前出のセバスティアーノ・リッチや先人ティツィアーノに刺激を受け
バロックの躍動感とロココの華麗さを描いた
聖ロクスは黒死病の守護聖人

「死んだ雉と獲物袋」
ジャン=バティスト=シメオン・シャルダン 1760年
シャルダンはロココ時代のフランスの画家
主に繊細で静謐な静物画や風俗画を描いた

「エビと魚のある静物」
ジャン=アントワーヌ・ウードン 1777年頃
ウードンはフランス新古典主義の彫刻家
啓蒙時代の著名人の彫像・胸像を作った

「自画像」
アントン・グラーフ 1776年頃
Anton Graffは1736-1813年のスイス出身画家
主に啓蒙時代の著名人の肖像画を描いた

「ジュリエット・レカミエ夫人の胸像」
ジョゼフ・シナール 1802-03年頃
Joseph Chinardは1756-1813年のフランス新古典主義の彫刻家

「戴冠の聖母」
ヨハン・ゲオルク・ディル 1760-70年頃
ディルは18世紀ドイツの彫刻家

第6章 魅惑のイタリア・ルネサンス素描


「ダンテ<神曲>煉獄篇挿絵素描」
地上の楽園、ダンテの罪の告白、ヴェールを脱ぐベアトリーチェ
サンドロ・ボッティチェリ 1480-95年頃

「聖家族のための習作」
ミケランジェロ・ブオナローティ 1503-04年頃

「人物を背負うふたりの裸体像」
ルーカ・シニョレッリ 1490-95年頃
イタリア・ルネサンス期の芸術家
ミケランジェロが称賛したとされる

「キリストの割礼のための祈る天使と手の習作」
フェデリコ・バロッチ 1581-90年頃
バロッチは16世紀イタリアで活躍した画家
マニエリスムからバロックへの架け橋となった


館内は混雑していなかった。
しかし、やはりフェルメールの「真珠の首飾りの少女」の前は人だかりができていた。
絵画も彫刻も見所満載であったが、、、フェルメール強し。
美術展を見た後は、いつものようにショップで絵はがきを2~3枚買った。

帰りはJR山手線で新宿に出た。
新宿駅のイベントスペースで古本市が開かれていたので寄ってみようと思っていた。
古本市で2冊買った。
井尻進の「ボロブドゥル」、
津田正夫の「ボカ共和国見聞記 知られざるアルゼンチン」の2冊
ブログ仲間のどっぽさんがジャワ島「ボロブドゥール遺跡」に行ったので購入した。



本棚に2冊ともあった
この日の歩数は1万4000歩。


「ベルリン国立美術館展」と湯島界隈①


気が付くと、「家にいることが多いな」と思うことがある。
今日も一日中家にいるような気がして出かけることに決めた。
向かうは上野の国立西洋美術館で開催中の「ベルリン国立美術館展」である。

午前11時前に家を出る。
雨が気になって折り畳み傘をバッグに入れた。

京王線で新宿駅に着いたのが正午少し前だった。
早めの食事にした。
食事といってもいつもの駅中のラーメン。

上野へは、急がない時には散歩がてらにお茶の水駅から歩いて行く。
湯島を抜けていくコースだ。




JR中央線で新宿からお茶の水駅に。
聖橋口に出た。


御茶ノ水 聖橋からの眺め
上下で列車が交錯する

ニコライ堂が見える
向かう方向とは逆側


学生時代、校舎が駿河台にあったので見慣れた駅前である。
50年前とあまり変わっていない。

聖橋から見る6月の湯島聖堂は濃い緑に包まれていた。
湯島聖堂隣のお茶の水公園では、サラリ-マンが大勢集まって食後のタバコを吸っている。
あちこちで弁当広げるOLの姿も。
公園利用の注意事項は細かいことが掲示されていたが、禁煙の項目はなかった。

ゆえに絶好の喫煙場所になっているのだろう。

湯島聖堂


お茶の水公園
ビジネスマンの憩いの場



交差点を渡ると急坂を下っていくことになる。
坂の途中に神田明神の案内板が立てかけてあった。
右手の狭い路地を入ると神田明神がある。



神田明神

明神は、日本橋浜町に住む実兄が結婚式を挙げた場所。
後に総理大臣になった政治家も来賓として出席されていた。
式が始まる前の控室でその政治家に「首相公選制推進の理由は」とお聞きすると、
「子供の頃からおもちゃ箱をひっくり返すのが好きだった」と話していた。

その兄と、戦後まで住んでいた台湾に行こうと話をしていた。
しかし、兄が来月に白内障の手術をするの台湾行きは先送りした。

御茶ノ水から湯島へは一直線の道を下っていく。
すると湯島天神に着く。

湯島の方に抜ける下り坂
御茶ノ水から湯島天神まで一直線

湯島天神

湯島天神の絵馬
湯島天神は、さすがに受験シーズンではないので閑散としていた。
子供の受験や孫の受験ではお参りに来た。
そして、その都度絵馬を描いた。

湯島天神の男坂を降りて、不忍の池沿いに美術館に着いた。

上野公園では演奏中

国立西洋美術館

今回の「ベルリン国立美術館展 学べるヨーロッパ美術400年」のパンフレットは
「初来日、フェルメール「真珠の首飾りの少女」 in ベルリン国立美術館展」となっている。
日本のフェルメール人気がうかがえる。

パンフレット
フェルメールが呼び物に
ミケランジェロ
「聖家族のための習作」

ドナテッロの工房
「聖母子とふたりのケルビム」
館内は、混雑していなかった。
しかし、やはりフェルメールの「真珠の首飾りの少女」の前は人だかりができていた。
イタリアルネサンス期のミケランジェロやドナテッロの作品もあったが、、、。
美術展を見た後は、いつものようにショップで絵はがきを2~3枚買った。

帰りはJR山手線で新宿に出た。
新宿駅のイベントスペースで古本市が開かれていたので寄ってみようと思っていた。

古本市で2冊買った。
井尻進の「ボロブドゥル」、
津田正夫の「ボカ共和国見聞記 知られざるアルゼンチン」の2冊
ブログ仲間のどっぽさんがジャワ島「ボロブドゥール遺跡」に行ったので購入した。




本棚に2冊ともあった

この日の歩数は1万4000歩。