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2014年5月26日月曜日

キバナコスモスとカプチーノ


隣の団地の斜面に今年もキバナコスモスが咲き始めていた。
病院通いの中でも気付かないでいたが、日一日と花が増えていたようだ。

今日も病院に行くために団地前のバス停でバスを待っていた。
ふと目を上げてみると、斜面一面が黄色で染まっていた。






バスとJR電車を乗り継いで、東京都立多摩総合医療センターに行く。
1時間で到着した。

病院はIT化が進んでいる。
受付機に診察券を入れると、受付番号と呼出受信機が出てくる。
この呼出受信機は診察時間を知らせるだけではない。

最後に精算機に入れると、次回の予約と費用精算ができる仕組みになっている。
領収書も出てくる。

このところ心臓の状況に不安があった。
それで病院通いとなっていたが、
今回は心臓の手術は必要でなく、投薬治療を続けることになった。

一安心だ。
女房と最寄り駅の中店でケーキとカプチーノのお茶をした






2013年11月27日水曜日

新そばと秋の薔薇


今日は小春日和に誘われて、友人を誘い深大寺に行ってきた。

京王線・調布駅前で待ち合わせてバスで深大寺まで行く。
深大寺入口で降りて、門前通りを見物した。
平日とあって、行楽や観光客の姿はあまりなかった。
昼食にはまだ早かったので、深大寺の横を抜けて裏門から神代植物園に入った。


神代植物園

季節の花々は期待できなかったので雑木林の中を散策した。
薔薇園を見渡せるステージに出ると、薔薇の花が残っていた。
盛りのように大きな花はなかった。


秋の薔薇 何とか残っていた

薔薇園を抜けて正面ゲートまで引き返した。
武蔵野の面影を残す雑木林を出て蕎麦屋まで歩いた。
正午前だったので店では待たずに席に着けた。


新そば

最後はコーヒーを飲んで別れた。

友人は、元職場の後輩。
世間話の中で、さらに後輩で共通の知り合いの何人かが認知症になったという話になった。
ゴルフに行った時の話を聞いた。

待合せの駅に来ず「どうしたんだろう」と心配したら、別の駅で待っていた。
ゴルフ場ではロッカーの鍵を返した後、財布がないことに気が付いた。
どのロッカーだったかを忘れてしまっていた。
利用者が帰るまで待って、全部のロッカーを調べたが見つからなかった。
財布はフロントに預けてあった。

とにかく健康であることに感謝したい。
早くなった西日の中で、自宅近くの通りの銀杏が一層色濃くなっていた。







2013年8月4日日曜日

アンコール遺跡⑫ ~買い物と晩餐、そして帰国へ~


   遺跡の見学は終わった。
   アンコール以前の古都ロリュオスの遺跡群に始まり、
   最後は、圧倒的な自然の力を見せつけられた、タ・プローム寺院だった。

   アンコール遺跡は一度訪れればよしという対象ではない。
   何度でも訪れて、何度でも写真に撮り続けたい、そう感じた。
   もっと若い時に出会っていれば実行していただろうか、、、。


【4日目】 2013年7月23日午後  ~旅の終盤~

旅の日程もあと少しである。
次は、ツアーには必ず組み込まれている“買い物”時間だ。
民芸店と人気のクッキー店に行く。
まずは、民芸店。
広くはないが新しい感じの店だった。
店先でクッキーを焼くデモンストレーションをやっていた。
店員は
合成皮革のバッグを勧めて、「東京やパリでは2万円はする」という。
誘い文句につられたのか、わが相棒をはじめ買った人達が結構いたようだ。
店員は皆、日本語を上手に話した。
現地ガイドと同じ日本語学校に通う仲間だという。
「一二三日本語学校」という学校で、古くから開校しているのだという。



店頭でクッキーを焼いていた。
手焼き(?)の風情がある。

1800円のバック

次は、日本人旅行者の間で話題になっている(らしい)クッキー店だった。
お土産に手頃な品だった。

先の店で買った胡椒の詰め合わせと一緒にお土産にするつもりだ。


人気のクッキー店

胡椒とクッキー

マーケットなどでの買い物の話。

マーケットでは商品に値段が付いていない。
先方はもちろん高く売ろうとしている。

言い値で買うべきか、、、やはり普通に値切るべきか、、、逡巡することがある。
元来、値切るのは得意なほうではない。
友達や周辺からの意見も様々だ。
ちっぽけなことのようだが、時にどちらも非難や賞賛(?)の的となる。
主義は別として、異国での会話、値段交渉などを「腕試し」と楽しむ向きもある。

今回のマーケットでは、仏像の置物(頭部の彫像)を買った。
店員は「25ドル」というので、「10ドルにならないか」と返してみる。
「No、22ドル」。

今度はこちらが「No」を返すと、店員が電卓を取り出した。
希望値段を入れろという。

「15」。「20」。・・・・・結局、「17ドル」で手を打った。

朝、ホテルの売店で買おうと思ったが4050ドルしていた。

思ったより高いし、飾りとしては大きすぎるものだったので止めた。
こんな経緯もあって「17ドル」で決めた。
なかなか楽しかった。
17ドルで交渉成立
相棒も結構買った。
心配だから傍に付いていた。
絹のスカーフ61000円、刺繍のある小物入れ15ドル。
別の売り場では、25ドルだというスカートを15ドルで買った。
決め手は、「時間がない」と帰る仕草をする、だった。


絹のスカーフ

刺繍の小物入れとバック

15ドルになったスカート

売り子たちとの話。

こんなことがあった。

遺跡見学初日、バコンかプリア・コーかの入口で、我々は一人一人順番にIDカードの
チェックを受けていた。
この時、前方で我々の写真を撮っているのを見た。
見学を終えて遺跡から最初に出てくると、子供たちが絵皿を持って寄ってきた。
見てみると、入場するときに撮ったスナップ写真が絵皿に焼き付けてあった。
1枚5ドルだという。
買おうとしたら、現地ガイドが、3ドルだ」と子供たちに言った。
後から出てくる人には「3ドル」で売っていた。

同じようなことが、3日目のベン・メリアの時にもあった。
この時は、見学後にバスに戻るのが最後になった。

同じツアーの中に、現地ガイドから「お父さん」と呼ばれ親しまれた最年長者がいた。
お父さんは大きな石に腰かけて、
10ドル紙幣を出して「お釣りがあるか」と売り子に尋ねていた。
ポートレート写真が13ドルだという。

板に張り付けただけの、いかにも「安っぽい」ものだった。

そこへ私が通りかかった。

お父さんは、「1ドルにまけろ」という。
売り子は「OK」と言いながら、お釣りを出す素振りをしない。
お父さんも売り子の意図にやっと気が付いて、

「他人の写真なんかいらないよ」とバスに乗ってしまった。
残った私は同情したが、こんな時は一人いい人になるようなことはしない。
バスに乗ろうと歩きだした時、売り子が「1ドルでいい」と追いかけてきた。
バスに乗っていた人たちも全員が買った。
その時の少年の悔しそうな顔が忘れられない。



売り子たちとの思い出

さて、いよいよシェムリアップ“最後の晩餐”である。

空港近くのホテルのレストランで夕食を取る。
クメール料理ということだ。
シェムリアップに到着した晩もクメール料理だった。
クメールで出迎え、そしてクメールで見送る、、、なかなか粋ではないか。
今回の旅の食事はどれも口にあった。
ホテルの部屋やサービスも含め、おもてなしの心を感じたものだった。

テーブルを囲んだのは、ツアー主催の旅行会社の社員と妹、
そして、定年後に学生時代の仲間とハワイアン・バンドをやっているというご夫妻。
奥様はテレビ番組をプロデュースする仕事をやっていたという。
テレビの仕事といえば、我々は局の社員だったし、
ハワイアンといえば、相棒はフラダンスをやっているしで、話が弾んで楽しい食事となった。


見送りのクメール料理、まずは、、。

どんどん運ばれてくる

軽めの肉料理

青菜のソテー

郷に入っては郷に従え、、アンコールビールで貫徹

食事を終え、シェムリアップ空港に向かった。


空港では、一切の手続きを自分たちでやって、記念の品を買った。

おやっと注意をひいたのが、空港内の高所に置かれた仏像。
赤い7つの傘が像を取り囲んでいる。
これはもしや、悟りを開く仏陀を「傘」となり風雨から護ったナーガ、ムチリンダ竜王の話か、
などと思ってしまう。
ナーガはよく「7」頭で描かれていた、、、。
  (アンコールとナーガに関しては、「アンコール遺跡⑩~昼食とアンコール豆知識~」を。)

1時間程で搭乗が始まった。
乗り継ぎのハノイまでは1時間40分だ。


シェムリアップ空港
やはり異国情緒がある

空港の中は意外と近代的
高所には7つの赤い傘をさす仏像が。


空港で買ったアンコール・ワットのジオラマ

マーケットで買った仏像
予定通りハノイに到着。
心配していたスコールはなかった。

ベトナム・ハノイ空港では2時間の乗り継ぎ時間があった。
ベトナム航空の成田行きは真夜中0時発だ。
深夜便の乗客は格安航空券の利用者だろうか。
多くの人で待合室は混雑していた。
座るところがない。

ベトナムの記念品は、行きの乗り継ぎ時間を利用してあらかじめ買ってあった。

帰りは深夜になってしまうので売店はクローズになっているだろう、と予想していた。


ベトナムコーヒー




ファーストフード店は超満員。

狭いロビーをうろうろしていて疲れてしまった。

椅子をいくつも使って寝ている人があっちにもこっちにもいた。
言葉からするとタイの団体客らしい。

空港職員にクレームを付けようとしたが、それも面倒で止めた。
そんな時、誰かが何かを喚いて、寝ている女性の髪を掴んで椅子から引きずり下ろした。

近くの人たちは見ているだけだった。
下ろされた女性は、何があったのか分からず呆然と佇んでいた
下ろした人は、連れのお年寄りを椅子に座らせた。



深夜のハノイ空港
大混雑で座るところもない。

今回は往復ともにベトナム航空だったが、ベトナム人のアテンダントたちは一様に
仕事ぶりに余裕がなく、仲間同士でもよそよそしい感じだった。
何だか雰囲気がよくない。
以前にベトナムに来たのは1995年、まだ内戦が続いている時だった。
あれから18年か、早いものだが随分の年月がたっている。

旅の終わりに、タイ人や中国人のマナーとベトナム人の様子(変化)が気になった。

懲りずにまた、どこかに出かけてているかもしれないが、、、。

<完>




2013年6月29日土曜日

3つのメガネと朝の散歩


今日から日課の散歩を朝に変えることにした。
暑さには強いほうで、夏でも散歩を欠かしたことはなかった。
しかし、ここ23年は猛暑が激しい。
夏の暑い日は散歩を控えることが多くなった。

ところが、このところ体重増が気になり、食事の量を抑えているがなかなか減らない。
夏の間散歩しないと増え続けてしまうかもしれない、と恐怖した。
そこで、夏の間は朝のうちに散歩時間を変更することにして、今日から始めた。
気が付くと、朝に散歩をしている人に結構出会う。



朝の散歩のワンショット

ところで、昨日は最寄りの警察署で運転免許の更新手続きをした。

24日の月曜日に一度申請したが、視力検査で受け付けてもらえなかった。
再トライである。
5月7日に「高齢者講習会」は受講済みだ。
(その時のブログは「運転免許講習会と株高」)




視力が気になっていたので、申請前に眼科医で視力検査を受けた。
いつも使っているメガネは「0.7」にしてあった。
普通運転免許に必要な視力は両目で「0.7」以上だ。
これでは通用しなくなっているようだ。
運転用のメガネが必要だ。
同じ眼科医に「診断書」を作ってもらって、メガネ店にいって急遽新しいメガネをつくった。



若い時から左右の視力の差が大きく、左右均等の矯正が難しいといわれてきた。
そのためにメガネを使わずにここまできた。
そして歳とともに、左が遠視、右が近視だから、メガネがなくともさほど生活に不便はない。





といいつつ、、、
日常生活用、パソコン用、運転用と、ここにきて3つのメガネを使うことになった。






2013年5月8日水曜日

運転免許講習会と株高


昨日は、運転免許更新の「高齢者講習会」を受けてきた。
70~74歳の運転免許更新希望者に受講が義務付けられている。
自動車教習所で3時間行われた。





座学30分、運転適正検査等60分、実車60分、討議(実車の反省検討)30分、である。
検査の中で、視力検査の「動体視力」、反射神経のテスト、記憶力テストが面白かった。

動体視力は年相応だったがかなり鈍くなっていた。
記憶力のテストは、16種類の絵を記憶するものだった。
絵が4コマに描かれたものを4枚渡され記憶する。
答える前に違うテストをはさんだ。
乱数表から指定された数字を選ぶテストだった。
その後で先の記憶した絵を答えていくというステップになっていた。
最初はノーヒントで16の絵を答える。
次にはヒント付きになった。

実車のテストは意外に緊張する。
インストラクターが隣に乗っているだけで何か動作がぎこちなくなってしまった。
やっと終わって終了書をもらった。






相棒と昼食をとろうとトンカツ屋に入った。
朝、株式の寄りつきを確認しなかったので携帯電話で見てみた。
日系平均が14,400円を超えていた。
食べるのもそこそこに慌てて自宅に戻った。



2012年11月22日木曜日

東京駅とフォアグラ


雨が降り出しそうで11月の半ばとしては寒い日だった。

1119日、厚手のコートを着て元同僚との昼食会に出かけた。
待ち合わせ場所の東京・丸の内は大勢の人で混雑していた。

約束の11時半より早く着いたので丸善書店に寄った。
本をというより、来年のカレンダーを探そうと思った。
特設売り場を設けていたが、気に入ったものがなかった。

丸善を出て、紅葉した銀杏を入れ込んだ東京駅をカメラに収めていたら、
「早く来い」との催促の電話あった。





丸ビル35階のレストラン街にある「Hiro」というイタリアンレストランは、
すでに満席になっていた。

昼のランチメニューは2つのコースになっていた。
フォアグラをメインしたコースの方にした。
アンティパストは、
山形・鶴岡から直送した新鮮野菜を使ったモッツアレラ入りのサラダだった。






元同僚4人で長らく親交を続けてきている
福島県でともに過ごしたのは、昭和が平成に変わる頃だった。
早くも25年は過ぎた。
転勤で別れ別れになっても毎年集まった。
福島県内の温泉に泊まってマージャン、次の日はゴルフをやってきた。
定年退職した後も続いている。

しかし、ここ1年でメンバーの1人が体調を崩してゴルフは無理だとなった。
それではゴルフ抜きで温泉に行こう、ということになった。

しかし、それも体力に自信がないというので今回は食事会にしたが、
結局は食事会も欠席になった。

3時間ほど近況を話したり、昔の失敗話をして過ごした。




帰りに東京駅を見学した。
実は、10月はじめに一度見ていた。
今回は東京ステーションホテルの中に入ってみた。






建物は古いので天井が低く、通路はせまい。
通路は見学ができるようになっている。
見学者が大勢行き来していた。

少し休もうとロビーの椅子に座った。
窓から東京中央郵便局が見えた。


家に帰ってパソコンを開くと、高校時代の友達からメールが入っていた。


「東京ステーションホテルに泊まる都内観光のツアーに申し込んだ。夫婦2人で9万円。」
ということであった。




2012年6月29日金曜日

「ベルリン国立美術館展」と湯島界隈①


気が付くと、「家にいることが多いな」と思うことがある。
今日も一日中家にいるような気がして出かけることに決めた。
向かうは上野の国立西洋美術館で開催中の「ベルリン国立美術館展」である。

午前11時前に家を出る。
雨が気になって折り畳み傘をバッグに入れた。

京王線で新宿駅に着いたのが正午少し前だった。
早めの食事にした。
食事といってもいつもの駅中のラーメン。

上野へは、急がない時には散歩がてらにお茶の水駅から歩いて行く。
湯島を抜けていくコースだ。




JR中央線で新宿からお茶の水駅に。
聖橋口に出た。


御茶ノ水 聖橋からの眺め
上下で列車が交錯する

ニコライ堂が見える
向かう方向とは逆側


学生時代、校舎が駿河台にあったので見慣れた駅前である。
50年前とあまり変わっていない。

聖橋から見る6月の湯島聖堂は濃い緑に包まれていた。
湯島聖堂隣のお茶の水公園では、サラリ-マンが大勢集まって食後のタバコを吸っている。
あちこちで弁当広げるOLの姿も。
公園利用の注意事項は細かいことが掲示されていたが、禁煙の項目はなかった。

ゆえに絶好の喫煙場所になっているのだろう。

湯島聖堂


お茶の水公園
ビジネスマンの憩いの場



交差点を渡ると急坂を下っていくことになる。
坂の途中に神田明神の案内板が立てかけてあった。
右手の狭い路地を入ると神田明神がある。



神田明神

明神は、日本橋浜町に住む実兄が結婚式を挙げた場所。
後に総理大臣になった政治家も来賓として出席されていた。
式が始まる前の控室でその政治家に「首相公選制推進の理由は」とお聞きすると、
「子供の頃からおもちゃ箱をひっくり返すのが好きだった」と話していた。

その兄と、戦後まで住んでいた台湾に行こうと話をしていた。
しかし、兄が来月に白内障の手術をするの台湾行きは先送りした。

御茶ノ水から湯島へは一直線の道を下っていく。
すると湯島天神に着く。

湯島の方に抜ける下り坂
御茶ノ水から湯島天神まで一直線

湯島天神

湯島天神の絵馬
湯島天神は、さすがに受験シーズンではないので閑散としていた。
子供の受験や孫の受験ではお参りに来た。
そして、その都度絵馬を描いた。

湯島天神の男坂を降りて、不忍の池沿いに美術館に着いた。

上野公園では演奏中

国立西洋美術館

今回の「ベルリン国立美術館展 学べるヨーロッパ美術400年」のパンフレットは
「初来日、フェルメール「真珠の首飾りの少女」 in ベルリン国立美術館展」となっている。
日本のフェルメール人気がうかがえる。

パンフレット
フェルメールが呼び物に
ミケランジェロ
「聖家族のための習作」

ドナテッロの工房
「聖母子とふたりのケルビム」
館内は、混雑していなかった。
しかし、やはりフェルメールの「真珠の首飾りの少女」の前は人だかりができていた。
イタリアルネサンス期のミケランジェロやドナテッロの作品もあったが、、、。
美術展を見た後は、いつものようにショップで絵はがきを2~3枚買った。

帰りはJR山手線で新宿に出た。
新宿駅のイベントスペースで古本市が開かれていたので寄ってみようと思っていた。

古本市で2冊買った。
井尻進の「ボロブドゥル」、
津田正夫の「ボカ共和国見聞記 知られざるアルゼンチン」の2冊
ブログ仲間のどっぽさんがジャワ島「ボロブドゥール遺跡」に行ったので購入した。




本棚に2冊ともあった

この日の歩数は1万4000歩。