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2014年4月23日水曜日

ふじと鯛焼き・・・新車「アクア」


5月に入ると薔薇の季節になる。
毎年、東京・調布の神代植物園に薔薇を見に行っている。
薔薇の季節になると藤の花は終わりになっている。
今年は是非とも藤を見ようと、今日、神代植物公園に行った。

京王線・調布駅から植物公園行きのバスに乗った。
深大寺門前の蕎麦を食べようと、終点の手のバス停で降りた。
ウィークデーということもあって蕎麦屋は空いていた。
天ぷらそばを食べ終え、深大寺の裏門の方から入場した。

思いがけず、そこには惹きつけられた景色があった。
何度も見ている何気ない木立の様子が、まるでシスレーの風景画のようだった。
昨年の11月に観た「点描の画家たち展」を思い出した。
(その時のブログは<「印象派を超えて―点描の画家たち」展と+α>)


神代植物園

正面入口付近

深大寺の裏門の方から入った辺り
まるでシスレーの風景画のような景色があった


植物公園内の薔薇園スージから棚をみると、遠目には花はあまり見えなかった。
棚に近くと、時期がまだ少し早いようだった。
立木仕立てのは盛りだった。


神代植物園の藤棚 八重黒龍藤

紫藤

紫藤

長崎一歳藤

麝香藤

海老茶藤

真紅の石楠花も

ここで少し「藤」についての豆知識を。


【藤の豆知識】

藤は、マメ科フジ属の蔓性植物で、日本には野田藤(ノダフジ)と山藤(ヤマフジ)の固有種がある。
古来から人々に愛されており、万葉集には藤を詠んだ詩が26首もあるそうだ(桜は46首)。

「我がやどの 時じき藤の めづらしく 今も見てしか 妹が笑まひを」 =万葉集 大伴家持
「藤波の 影なす海(わた)の 底清み 沈く(しづく)石をも 玉とぞ我が(あが)見る」 =同上
  *藤を古来は「藤波」とするものも多かった

また、松にかかった藤を殊更に愛でていたようでもある。

色合い深く花房長く咲きたる藤の松にかかりたる、、、」 =枕草子
松に藤の咲きかかる、、、」 =源氏物語
松にかかる藤波、、、」 =平家物語

藤はしなやかさを利用して繊維としても用いられた。
「藤衣」と呼ばれ、丈夫な仕事着、粗末な着物であったようだ。
平安の貴族は喪服に使ったようで、忌むべきものでもあったようだ。

一方で、花姿が豊かに実った稲穂を連想させ、豊穣を予兆する神聖なものでもあった。
神を招く依代(よりしろ)であったとも言われている。

家紋にも用いられてきた。
飛鳥時代の中臣鎌足は臨終後に藤原姓を賜り、家紋を下り藤にしている。

このように古来から日本人とともにあった藤も、現代では多くの品種が作られている。
主なものを挙げてみる。

◆山藤(ヤマフジ)系
 ・・・特徴:花房が短く(20cm位まで)、蔓が左巻き、開花が早め・・・

 甲比丹(カンピタン)、白甲比丹、紫甲比丹、八重甲比丹、岡山一歳、昭和紅、緋ちりめん、、、

◆野田藤(ノダフジ)系
 ・・・「日本の植物学の父」といわれた牧野富三郎氏が命名
    藤の名所として知られる大阪・野田の地名からとった。
    野田の藤は、摂津国西成郡野田の里、藤之宮にある神木だった。
    1364年、室町幕府将軍・足利義詮が、1594年には太閤秀吉が観藤会を催した。・・・

 ・・・特徴:花房が長い(20~150cm)、蔓が右巻き、開花が遅め・・・

 黒龍、八重黒龍(牡丹)、六尺、九尺、口紅(薄紅)、新紅、本紅、海老茶、曙、昭和白(白野田)

◆支那藤(シナフジ)系
 ・・・特徴:中国原産、花は野田藤、枝や葉は山藤に近い、芳香がある・・・

 麝香(ジャコウ)、白花支那、白花八重支那、薄紅支那、八重咲支那、、、

【豆知識 終わり】



日曜日に下の息子が部屋のコンセントを直しにきてくれた。
ついでに、鯛焼きと手作りのチョコレートを持ってきてくれた。
チョコレートは糖と油分を極力使っていないのだといっていた。


薄焼きの鯛焼き

ヘルシーチョコレート


同日、マイカー「プリウス」から1つ小さい「アクア」に買い替えて納車された
これで少しでも運転しやすくなるだろう。


新車「アクア」が納車





2013年11月23日土曜日

フリマとマイカー点検とりんご


毎年11月23日祝日には、団地の歩道が解放されてフリーマーケットが開かれる。
幅4~5メートル、長さは400メートルの歩道の両側に店が並ぶ。
出店料は500円だそうだ。



近所のフリーマーケット
バスが出るほどの盛大なイベント

400メートル×2 両脇にお店が展開

道に付けられた番号を見ると、端の方は250番台になっている。
団地に住む人たちが「使わなくなった品物」を出している。
子供のものが多く見受けられた。
農家が獲れたての野菜を並べる。
駅前の魚屋さんも干物を並べている。



大勢の人でごったがえす

農家の獲れたて野菜も販売



場所は抽選で決めるという。
スーパーやスポーツセンターの近くは人目に付きやすい「一等地」らしい。
結構伝統のあるフリーマーケットで、最寄駅からは臨時の循環バスが走っている。

別途、今日はマイカーの点検を予約していた。
朝フリーマーケットを見てから出かけることにしていた。
マーケットが始まる30分程前には既に大勢の人が集まっていた。
端から端まで一通り見て歩いた。

自宅に戻り、車に乗ってディーラーに出かけた。
ところが、信号待ちの時にズボンのポケットを触ると財布がなかった。
家に引き返した。
再び出かけようとしたら、心配した相棒がマーケットから戻ってくるところだった。
結局一緒にディーラーまで行くことになった。

ディーラーは、元々は東京・世田谷区の環八の近くあった。
今は社屋を建て替えていて、甲州街道に面した京王線仙川駅の近くに間借りしている。
店で車を引き渡すと、丁度昼食時だった。
点検には少々時間がかかる。
最寄駅前の商店街をぶらついてラーメン屋を見つけた。
坦々麺を頼む。
相棒は醤油ラーメンを食べた。
ディーラーに戻る途中、携帯電話に車の点検が終わったとの連絡が来た。


坦々麺

醤油ラーメン

家に帰ってしばらくすると、秋田の親戚からリンゴが届いた。




夕食のデザートとして食べた。
甘いだけでなくほんのり酸味もあって、りんごらしいりんごのように思えた。


2013年5月8日水曜日

運転免許講習会と株高


昨日は、運転免許更新の「高齢者講習会」を受けてきた。
70~74歳の運転免許更新希望者に受講が義務付けられている。
自動車教習所で3時間行われた。





座学30分、運転適正検査等60分、実車60分、討議(実車の反省検討)30分、である。
検査の中で、視力検査の「動体視力」、反射神経のテスト、記憶力テストが面白かった。

動体視力は年相応だったがかなり鈍くなっていた。
記憶力のテストは、16種類の絵を記憶するものだった。
絵が4コマに描かれたものを4枚渡され記憶する。
答える前に違うテストをはさんだ。
乱数表から指定された数字を選ぶテストだった。
その後で先の記憶した絵を答えていくというステップになっていた。
最初はノーヒントで16の絵を答える。
次にはヒント付きになった。

実車のテストは意外に緊張する。
インストラクターが隣に乗っているだけで何か動作がぎこちなくなってしまった。
やっと終わって終了書をもらった。






相棒と昼食をとろうとトンカツ屋に入った。
朝、株式の寄りつきを確認しなかったので携帯電話で見てみた。
日系平均が14,400円を超えていた。
食べるのもそこそこに慌てて自宅に戻った。



2012年11月14日水曜日

銀杏と高速道


銀杏が葉を黄色く染め、本堂に覆い被さるように広がっていた。
山門の前の空き地に車を止めて境内に入った。
鮮やかな黄色に目を奪われて、
お墓掃除の前に暫し時を忘れたかのように、しばらく眺め入っていた。




1113日、群馬県館林にある菩提寺へのお墓参りのことである。
ふと思い立った秋の一日であった。

この日の朝、部屋からどんよりした空を眺めていた。

今日もいつものようにラジオで語学講座を聴き、
午前9時になったらパソコンを開いて株式市場の寄りつきを見ることになろう。
早めに昼食を取った後は散歩が日課だ。

7
月に檀家まわりに来た住職に
「お墓参りに行っていない」と言うと、
11月の母親の月命日にくればいい」と言われていた。

「今日、お墓参りに行こう」。
思い立って、午前9時過ぎに相棒と出かけた。

稲城ICから中央道に入った。
久しぶりの高速道で緊張して運転した。
高井戸ICで降りて環八を練馬に向けて走る。
朝の渋滞が残っている。
割り込む車もあるが、無理しないと自分に言い聞かせて運転を続ける。

緊張のせいかトイレに行きたくなった。
丁度ガソリンが少なくなってきていたのでスタンドに寄って給油しトイレを借りた。

練馬ICから外環道に入った。
いつもなら高速道に入ると最初のサービスエリアで休憩する。
今日は先程ガソリン入れたりして休んだので、東北道の蓮田サービスエリアまで走った。

最近は、鉄道の駅中や高速道のSAやPAが大きく進化している。
蓮田SAには、スマートICというETC専用口が新設されていた。
その分駐車場が狭くなったようだが。

施設の中にはフードコートが一新され飲食店が軒を連ねていた。
午前11時過ぎだったが早めの昼食にした。
天ぷら蕎麦と相棒が出かけに作ってきたおにぎりを食べた。

明るくなったお土産コーナーで菩提寺への手土産を買った。
一緒にチョコレートも買った。

運転を再開し館林に向かう。
館林の手前には羽生PAがある。
運転や道路状況をみながら立ち寄って時間調整に利用していたがここ数年は寄っていない。
このPAもリニューアルが終わっているはずだ。
どう変わったのかが気になったので寄ってみた。

建物は平屋の近代的で落ち着いた雰囲気になっていた。
中も明るく広々として、人気店も入って街中の店と変わらない装いになっていた。












羽生PAを出るとほどなく館林ICだ。
高速を降りて菩提寺に向かった。

お寺では、相棒がお墓掃除をしている間に、無縁仏に線香をあげてお参りをした。
そして墓前に線香をあげてすべて終わりである。







内裏をたずねた。
独身の住職は横浜に行っていて留守だった。
先代の奥様で住職の母君が応接してくれた。

奥様は、今年92歳になったという。
年会費や一年分の諸経費の領収書を端正な筆使いで書いてくれる。
お茶を入れて頂く。

先代住職は、frogmanの高校時代の日本史の教師だった。
また、姉の仲人でもある。
50歳前後でなくなっている。
奥様としばらく話をしてお寺を辞した。


街中に住んでいる姪夫婦の所に寄ってみた。
玄関前で電話をすると、市役所でパートをやっている姪が出てきた。
丁度昼食のために帰ってきたところだった。
市役所から歩いて2~3分である。

北関東道の情報を教えてもらった。
帰りは違う道を通ってみようと思っていた。
東北道からだと北上し岩舟JCTで北関東道に入る。
それよりも北関東道の太田桐生ICから乗る方がいいとわかった。
北関東道から高崎JCTで関越道に出て帰ることにした。

関越道でそのまま練馬に出るの距離は近いが混雑が見込まれる。
鶴ヶ島JCTから圏央道に入り八王子経由で帰宅した。

高速道路をぐるりと1周してきたようだ。


この日の高速道路走行

帰りに寄ったSA ずいぶんと日が傾いてきた

自宅に着くと暮れなずんできた

自宅に着いたのは、夕方4時半だった。