2012年2月19日日曜日

私たちのシンガポール⑥ ~約束~


【6日目】 2012年125日 =名残惜しくも、、帰国=


早朝、息子が大通りに出てタクシーを捕まえてきた。
午前5時過ぎだった。
息子と一緒に末孫娘が空港まで見送りにきてくれた。




シンガポールに到着した時も出迎えにきてくれた。
次に来る時には、ナイトサファリとセントーサ島に案内したいという。
それにマリーナベイ・サンズに泊って皆で天空のプールで泳ごう、と約束してきた。

息子一家は慣れない異国に馴染みながら皆が逞しくいた。
実際に体重も増えたといっていた。

女房は、約1ヵ月後の224日からフラダンスを踊りにハワイに行く。
孫たちにお土産を約束してきた。




シンガポール6日間の旅は終わった。

<完>

私たちのシンガポール⑤ ~ふらりと散歩~


【5日目】 2012年1月24日 =ボタニック・ガーデンの朝食とスーパーマーケット=


朝から「ボタニック・ガーデン」に出かけた。

ガーデンでの朝食は人気があるらしい。
休日の朝食がてらにガーデンを散歩しようということだった。
5時~24時まで開園しているそうだ。

「ボタニック・ガーデン」はシンガポールの国立植物園だ。
地下鉄オーチャード駅から西方へ1.7kmと都心部近くにありながら、
52ha(東京ドーム11コ分以上)もの広さを持つ広大な公園である。
ちなみに東京ディズニーランド(51ha)よりも大きい。
園内には6万本以上の蘭を栽培する世界最大規模の国立洋蘭園もある。
入場料は無料。
観光客だけでなく、市民の憩いの場所にもなっているそうだ。

園内に入ると、散歩をしたり、ランニングをしたり、子供たちはスケボーをしたり、、、。
たくさんの人が思い思いに利用していた。

ボタニック・ガーデンは繁華街に近接している

ガーデンの入口へ

ボタニック・ガーデン案内図
東京ドーム11個分
広大な園内は一巡りするだけでも3、4時間かかりそう、、、

噴水の上で石の大玉が浮いているオブジェ
こんなオブジェや彫刻が園内のあちこちにある

園内を散歩する。
小鳥の鳴き声が聴こえてくる。
芝生の上ではサッカーボールを追いかける親子連れが。
バレーボールで汗を流すグループもいた。
休日を楽しむ普通の日常生活が感じられ寛いだ気分になれる。

熱帯の植物が鬱蒼としている。
日本とは違うジャングルのような光景に異国であることを思い出した。

熱帯らしい植物たち

鬱蒼と生茂る大木
園内には「ヘリテージ・ツリー」が11本あるそうだ

ビジターセンターのレストランに向かう。
朝食をする人たちが大勢集まっていて、オープンスペースの席は空いていなかった。
折角であったが店内のテーブルを確保して軽食をとった。

ボタニックガーデンのレストラン
オープンエリアでの朝食は大人気

食事の後は、ギフトショップでお土産品を探した。
なぜか大きな蛙の焼き物が売っていた。
代わりというか、蘭の花弁のしおりを買った。

末孫娘の絵手紙

一度自宅に戻ってから、日常の生活用品を買うスーパーマーケットに行った。
買い物半分と見学半分の気持ちであった。

食料品も日用品も揃っている。
多民族の国だけに、品揃えは日本のスーパー以上だろう。
しかし自国での製品や生産品がないだけに、息子に言わせると割高だという。

スーパーマーケット
品揃えがすごい。

レジ付近
海外旅行をすると、旅先の街中を走る日本車の割合が気になる。
シンガポールではほとんど日本車と見えた。

関税が低いのかと思えたが、関税は100%だという。
その上、シンガポール全体で乗用車タイプの車を500万台に抑える政策がとられている。
そのために許可証が高音で取引されている。

以前はガソリン価格の安い隣のマレーシアに給油に行く人が多かったようだ。
シンガポールのガソリン価格はマレーシアの2倍以上という。
今ではタンクに3/4以上のガソリンが入っていない車は出国できなくなっているらしい。
なるほど、給油目的の通行を規制しているわけだ。
400万円台の日本車を持って維持していくにはかなりの資金が必要のようだ。

今回のシンガポール紀行は今日で終わった。
息子一家の住まいに滞在し、観光だけではなく現地での日常生活を少しではあるが体験してみることができた。

シンガポールを観光で訪れた人の評価は、聞く限りではあまり高くはない。
生活者として見た時にはその評価は変わると思う。

<続く>


2012年2月18日土曜日

私たちのシンガポール④ ~春節元旦~


【4日目】 2012年1月23日 =学校とアフタヌーン・ティー=


今日の昼食は、息子が薦める「アフター・ヌーン・ティー(ハイティー)」の予定である。
高層ホテルのレストランを予約しておいてくれた。
大変人気のあるレストランだそう。

午前中は時間があったので、長男孫が通うChinese International Schoolを見学した。
息子と末孫娘、女房と4人でいつものバス停に出てバスに乗った。
乗車時間は20分程だった。
方向はわからないが、少し郊外に出たようだ。


長男孫が通うインターナショナルスクール(CIS)

息子によると、アメリカやカナダ系の学校はもっと郊外にあるという。
アメリカンスクールは入学希望者が多く、アメリカ国籍者を優先するそうだ。

シンガポール行きが決まった時に、長男孫の学校がちょっと心配だった。
息子が学校と相談して、「学校側が責任を持って英語力をつけさせる」と約束してくれたという。
それでこの学校に決めたそうだ。


しかし、中国語で授業をする科目もある。
その場合は中国語のできない生徒と自習しているという。
そんなこともあって、長男孫は中国語に興味を持つようになっている。

去年の12月、中国語の専用電子辞書を日本から送った。
今回も私が使っているNHKラジオ「中国語講座」のワンクール6ヶ月分のテキストとCDをお土産に持参した。

学校は旧正月で休みだったが、守衛さんが中に入るのを許してくれた。


CISのゲート



2日前に見学した孫娘たちが通う学校は、54か国の国籍を持つ子弟が通っている。


小学2年生の末孫娘は、フランス国籍を持つ子と一番気が合うようだ。
中学2年生の上の孫娘は、授業内容は難しくないが「翻訳」に苦労しているようだ。
宿題はパソコンンのメールで届くという。
リビングで夜遅くまでパソコンとにらめっこしている。

家に戻ると日も射してきたのでプールに入ることにした。
マンションにプールがあるというので水着を持参していた。

はじめは末孫娘と女房の3人で遊んでいた。
そのうち上孫娘と長男孫も降りてきてプールサイドで遊んだ。
水は冷たかった。


マンションのプール
かなり広い


ひとときの水遊び
冷たい水でも子供は平気

さて、アフタヌーンティーだ。

息子のお薦めは地上70階の大パノラマも楽しめるという、
「スイソテル・ザ・スタンフォード(スイスホテル)」のレストラン「エキノックス」。
そのハイティーはシンガポールでも人気があり、予約がなかなか取れないという。
午後330分から始まるそうだ。

プールで遊んだ後、身支度を整えて出かけた。
ホテルの1階ロビーから専用エレベーターを使って70階へ。
少し早めについたが、エントランスホールには大勢の予約客がいた。
皆ソファーで寛いでオープンを待っていた。

レストランスペースの69階に誘われる。
69階から70階へと吹き抜けになっている。
大きな窓ガラスを通して眼下には大パノラマが広がっていた。


スイスホテル「エキノックス」からの眺望
70階からの絶景だ

マーライオンが小さく見える

入江が一望
マリーナベイ・サンズ 対岸のマーライオン

シンガポール川の両岸
手前はパダン広場(運動公園)
隣接する赤い屋根はシンガポール・クリケット・クラブ
ハイティーとともに英国領だったことを感じさせる。

眺望の地図 赤の印がスイソテル

人気のアフタヌーンティは、シンガポール風にアレンジしているようだ。
英国伝統のサンドイッチやクッキーをはじめ、飲茶、サラダ、肉料理、パスタ、、、、
日本の寿司や天ぷら、本格的な盛り蕎麦までもがビュッフェに並ぶ。
飲み物は紅茶だけではなくジュースやコーヒーもあった。
デザートも和洋中が揃っている。
多民族のシンガポールらしい品揃えである。
“ティー”といってもアルコール類も注文できるようだ。

皆思い思いに優雅な“ハイティー”を楽しんでいる。
家族連れや友達同士と見えるグル-プ、カップルの姿も見られた。
ホテルとしてはランチとディナーの間の時間を利用する形で営業している。
15時半から17時まで、1時間半の制限時間である。
少々時間は短かったが、料理も景色も十分に堪能できた。


「エキノックス」のレストランフロア69階

和洋中、、幅広くビュッフェで提供

ホテルを出て、道路を渡たるとラッフルズホテルである。
シンガポールでも屈指の名門ホテルだ。で、ショップには、利用客以外でもはいれる。
ショップに立ち寄って、自分のお土産としていつものようにコーヒーカップを買った。

向かいのラッフルズホテル
立ち寄ってコーヒーカップを購入。


中庭は回廊式

買い物を済ませラッフルズホテルを出た。
すると、末孫娘が「ナイトサファリに、じんじんばんばんをどうしても案内したい」、と言い出した。

今回のシンガポール観光のスケジュールは、
息子一家5人が4ヶ月半のシンガポール生活をもとに皆で話しあって決めたと聞いている。
末孫娘には「ナイトサファリ」の印象が強烈だったのだろう。

「ナイトサファリ」はシンガポールが誇る世界初の夜行性動物の動物園らしい。
自宅からは少し遠いし、夜(営業時間は19時~24時)も遅くなってしまう。
息子の判断で断念していたようだ。

末孫娘は、「高島屋に寄っていくならいいよ」と納得した。
シンガポール高島屋はオーチャード通りのニー・アン・シティという巨大な複合施設に入っている。
タクシーで向かったが、旧正月の元日であいにく休みだった。
裏側の車寄せから表のオーチャード通りに回って地下鉄駅に降りた。
地下には、「和民」や「無印良品」の店があった。

和民は営業中のよう

無印良品は旧正月の休業日

<続く>


私たちのシンガポール③ ~ベイエリア~


【3日目】 2012年1月22日 =マーライオンとマリーナベイ・サンズ=


シンガポールは日本の夏のような蒸し暑さがない。
夜寝る時はいつも、長男孫がエアコンのオフタイマーを11時過ぎにセットしてくれた。
暑くて眠れない日はない。

今日は、ベイエリアの観光である。
地下鉄で行く。
最寄り駅のNovena(ノベナ)駅から乗って、RafflesPlace(ラッフルズ・プレイス)駅で降りた。


MRT路線図

ベイエリアの地図

地上に出ると、シンガポール川沿いに出た。

このエリアは、シンガポール建国の父、英国人
トーマス・スタンフォード・ラッフルズが
1819年、シンガポール島に初上陸した場所である。
ここからシンガポールが英国領となり都市として発展していくことになる。
シンガポール建国の地と言えるだろう。

古いホテルを背に写真を撮っている人たちも多い。
川には遊覧船も見えた。
リバークルーズも運行されているようだ。
建物沿いに回り込むように歩くと、「マーライオン」が視界に入ってきた。


シンガポール川の風景

この辺りがシンガポール建国の地だ


シンガポールの話題の中で、マーライオンはどうもあまり評判が良くない。
野次馬が好きな私は、観光希望として「不評なマーライオン」を連絡しておいた。

赤道直下のシンガポールでは雨季の今、
海からの上昇気流に乗っていつも雲が出ている。
朝には顔を見せている太陽もすぐ雲に覆われる日が多いようだ。
今日は午後10時を過ぎても太陽が輝いている。

青い空と青い海の中、白いマーライオンが気品を漂わせて、大勢の観光客を前に主役の大役を果たしているように見えた。
対岸には、日本のCMでひとしきり話題になった「マリーナベイ・サンズ(MBS)」が見える。


マーライオン
威勢よく水を吐く。

マーライオンとマリーナ・ベイ・サンズ
シンガポール名物の2ショット

対岸のマリーナベイ・サンズを高所から
高い3タワーがホテル
手前の低層部分がカジノやショッピングモール


マーライオンが吐き続ける水は淡水だそうだ。
シンガポールは、食糧だけでなく水もマレーシアから買っている。

大切なこの水、
「近年の購入価格交渉が決裂し、2062年から「真水」を自前で供給しなくてはならない」と
帰国してからのTVで放送していた。


シンガポールとマレーシアは1961年と1962年に水供給に関する2つの合意をしていたそうだ。
その合意により、シンガポールの水需要の4割を賄ってきたらしい。
1961年の合意は昨年2011年で切れたそう(50年間)。
1962年の方は100年間の有効期限で、2061年に失効する。
シンガポールはそれまでに100%の水自給を目指すという。
価格交渉が平行線を辿る中、世界中から水資源技術を求めて挑んでいる。
逆浸透膜を使った日本の高度濾過技術も水問題の解決に一役買っているそうだ。

日本の技術といえば、
地下鉄などの公共交通も含めて益々都市化整備が進むシンガポールであるが、
その建設工事において日本のゼネコンは下請けにまわるケースが多いと聞いたことがあった。
国際間の取引の多面性を感じた。


長男孫の絵手紙 マーライオン

末孫娘の絵手紙 マリーナベイ・サンズ

長男孫の絵手紙 マーライオンとMBS

さて、現地の私たちは川と海のベイエリアを散策中だ。
太陽の強い光を浴びて海沿いを歩いた。
話題のマリーナベイ・サンズに向かう。
入江に面してショッピングモールやカジノの施設があり、向こう側のホテルと連絡している。

ショッピングモールの名前は、「ザ・ショップス・アット・マリーナベイ・サンズ」。
ウインドーショッピングを楽しんだ後、モールの端にあるフードコートでランチにした。
広いフロアーに並んだテーブルは、見渡す限り占拠されている。
やっと見つけたテーブルは、振り返ると手洗い所への通路になっていた。
我慢して席を確保した。


ショップスの3階からの眺め

ショップスのフードコートでランチ
ラーメンをオーダー

皆が思い思いに食事を買いに立った。
私は席取りの留守番役で残った。
ラーメンを頼んでおいた。
味は日本風で馴染めるが、11ドル(約700円)とちょっと高い気がした。

ランチの後は、モールを引き返して、地上からマリーナベイ・サンズ・ホテルに向かった。
目的はもちろん“あのプール”のある最上階である。
ホテル入口は、ホテルというより大きな列車の駅を思わせる。
ドアを開けると、吹き抜けの天井がどこまでも高い。
正面には、旧正月の街でよく見かける柑橘類の黄色い実が鈴なりになった大木が飾ってあった。


旧正月の巨大な飾り
マリーナベイ・サンズホテルのロビー

ホテルの3つのタワーは1階のロビーと最上階の「サンズスカイパーク」で繋がっている。
屋上へのエレベターは一番奥の地下部分にあった。
展望台「サンズスカイパーク」へは入場チケットを購入する。
大人1人17ドルだが、シルバー割引があって我々は14ドルだった。

入場券を買ってエレベターホールに向かおうとしたら呼び止められた。
何だろうと考える間もなく、家族の集合写真を撮られた。

高速エレベーターで一気に57階に上がった。
3棟をつなぐ船形の先端部分に出た。
プ-ルはフェンスで囲われていて、入ることも見ることもできない。
先端のデッキ部分にしか入れない仕組みになっていた。

プールを一目見ようと隙間から覗いていた人もいた。
覗いてまで見たくない。
テレビのコマーシャルのような爽快感は味わえなかった。

プールに入っているホテル宿泊者を見世物のようにすることは問題かもしれない。
しかし、、、いつもプールを利用しているわけでもないだろうから、少しは見せる工夫がほしかった。


MBSの屋上「サンズスカイパーク」のデッキ



展望デッキで写真を撮っていると、一眼レフカメラを首から下げたカメラマンが近づいてきた。
家族全員の集合写真を撮ってくれるという。
デジカメを渡すと2~3枚撮った後に、自分の一眼レフカメラで撮り始めた。
怪訝な顔をしていたのか、突然「ノ-オブリゲーション」という。
息子に聞くと、「無料」という意味だという。

撮影が終わって、カウンター式の売店で記念品を探した。
お土産はボールペンにした。
旧正月ということで、お年玉を入れる赤い袋を2束おまけにくれた。

出口のエレベーターホールに出ると、カウンターの前に写真が展示してある。
見ると、2ヵ所で撮影された我々家族の姿が夜のマリーナベイ・サンズを背に並んでいた。
やっと仕掛けがわかった。
一枚3000円程だった。
2枚買った。

1階のラウンジでジュースや紅茶を頼んでしばらく休憩した。

マリーナベイ・サンズ・ホテル
ロビー階

MBSで休憩中

地下鉄で移動する。
Bay Front(ベイ・フロント)駅からMarina Bay(マリーナ・ベイ)駅で乗り換えて、
Dhoby Ghaut(ドビー・ゴート)駅まで戻った。

駅近くのショピング街に立ち寄った。
女房は明日の高級ホテルのアフターヌーン・ティー(ハイティー)に着ていくワンピースを調達。
3人と一緒に探して買ってきた。

マンションのプール

息子一家の住まいは3LDK。
タウンハウス造りで、LDは天井が高く2階部分まで吹き抜けになっている。
2階には3部屋あり、シャワールームとトイレが2つ付いている。

飲料水の確保は必須だそうで、
常時大きなボトルがいくつかキープしてあった。

洗濯物干し場はなく、乾燥機を使用している。
夜のうちに洗濯して、いつも朝には乾燥まで完了していた。

シンガポールの言葉は分かりにくい。
街では、英語なのか中国語なのか、英語でも中国語的に聞こえてくる。

ママの話では、
「孫たちは外で日本語が話せないからか、家に帰るとおしゃべりになって家族の会話が増えた」、と喜んでいた。

<続く>


2012年2月17日金曜日

私たちのシンガポール② ~市場へ買出し~


【2日目】 2012年1月21日 =市場、チャイナ・タウン、屋台村=


昨夜はさすがに疲れが出て早く眠りに落ちてしまった。

シンガポールの最初の朝は午前5時に起きた。
ママ(息子の嫁)が買い物をする市場へ行くためだ。

市場に行きたいとは予め伝えてあった。
買い物の予定を合わせてくれたようだ。
何にでも興味を持って積極的な末孫娘とママ、それに女房の4人で出かけた。
バスで行くという。


バス停は、自宅から歩いて5分もかからない。
ホテルの前にある。
辺りは暗いが気温は体感で23℃~24℃といったところか。
暑くも肌寒さもない。

早朝の自宅マンション

バスが来ない。
来るバスは行き先が違うという。
ホテルから従業員が時折出てきては、タクシーを止めて帰っていく。
20分ほど待っても来ないのでタクシーに乗った。

市場まで10分ぐらいだったろうか。
料金はママが払ったのでよくわからなかったが、6ドルか7ドルのようだった。


早朝の市場 「ティオンバル・マーケット」

市場の名は「ティオンバル・マーケット」。
入口には生花や鉢植えの蘭などたくさん並び華やかな雰囲気だった。
入口近くの野菜売り場に行く。

客は女性が多く、みな短パンにTシャツ姿、サンダルを履いている。
活気にあふれ混雑していた。
レジの番がなかなかまわって来ない。

市場は大盛況
会計がなかなかできない、、

シンガポールの食糧自給率は「0」である。
全てが輸入食品とはいえ、何でも揃っていた。
私が毎日欠かせないトマト、レタスは日本産と変わらない。
レジが済むまで末孫娘と女房は市場内を見て歩いていた。

次は魚と肉売り場で買い物をする。
魚はその場で捌いてくれる。
肉屋さんの冷蔵ケースの中には肉が大胆に置かれ、部位や種類が明示してあった。



魚屋さん
買い物が終わって市場の2階にあがる。
買い物に来た人は必ず寄るというフードコートのような飲食街だった。


市場の2階
フードコートのような憩いの場
ママが案内したかったのは、豆乳のドリンクを売る店。
現地の人は甘くして飲んでいるが、日本人はそのまま飲む人が多いという。
自宅に戻って朝食に飲むことにした。

人気の豆乳店

帰る頃には朝はすっかり明けていた。
市場に隣接している低層マンションの敷地を通って大通りに出た。
バス停にはバスが次々にやってくる。
2階建てバスの2階の一番前に乗って、緑に覆われた街並みを見ながら自宅に戻った。


バス停付近
バス料金は磁気カードを使って払う。
乗降時の2回カードをタッチする。
日本のパスモやスイカのようなもの。
降りる時に料金不足になると、車内ではチャージができない。
「運転手は釣り銭を持っていないので処理が面倒になる」、と経験済みのママが説明してくれた。


高層マンションを見上げる
15分程で自宅に着いた。
息子は会社に出て家にはいなかった。

家族が住むマンションは、29階建で50世帯が住むと聞いた。
築8年経っている。
周りに最近建築されているマンションは、窓から見ると50階はありそうだ。

マンションに限らず高層のオフィスビルでも、入口や玄関には噴水や流水が流れている。
フォルムが違う。
風水に関係しているとの説明である。
豊かさの象徴でもあるらしい。

今日の昼食は息子とも待ち合わせて、皆でチャイナタウンで飲茶の予定である。
地下鉄でチャイナタウンへ行く。
ヒンドゥー教寺院の前を通って、待ち合わせの中国式茶廊「Tea Chapter」へ。

チャイナタウンを少し離れたところにあった。
息子を待つ間、中国茶を愉しむ。

チャイナタウン

シンガポール最古のヒンドゥー教寺院
「スリ・マリアマン寺院」
南印度の地母神マリアマンを祀っている。
塔門にはラクシュミー女神やシヴァ神も。

係の女性が‘中国茶の淹れ方’を親切に説明してくれるが、英語がよくわからない。
ママが耳を澄ませて聞きながら淹れ方を覚えて、自分たちで淹れて愉しんだ。



中国式茶廊「Tea Chapter」

中国式のお茶の淹れ方 実演中
3人の孫たちは何やら神妙にしている。
孫は上から、高校2年生の長男、中学2年生の長女、そして小学2年生の次女だ。
微かな香りや微妙な味がわかったのだろうか、、、聞き忘れてしまった。


旧正月のチャイナタウン

旧正月で混み合う中華街を散歩しながら、中華レストランの「飲茶酒楼」に入った。
入口に順番待ちの行列ができていた。
欧米人が多そうだ。
少し並んでいると、店員がやってきて何かを言った。
長男孫が間髪いれずに、「セブン」と答えた。
大人数の席が運よく空いたようで、遅いだろうと覚悟した割には早く席につけた。

店員がワゴンに点心を乗せて店内を巡回している。
好きなものを取ると、伝票にチェックマークを記入して料理を置いていく。
スープのワゴン、お粥のワゴン、、のように種類別に何台ものワゴンが行き交っている。
(新幹線の車内販売のようなシステムか。)
土曜と日曜日のみのサービスらしい。

味付けが濃厚なものが多かった。
さっぱり系のメニューも、しっかりと味付けされていて、美味しく食べることができた。

チャイナタウン「飲茶酒楼」
点心をワゴンサービス

食事の後は、正月用品やお土産用雑貨を並べた店を覗いて歩いた。
女房は孫娘2人とブレスレットや髪飾りを買っていた。
私は長男孫が探してきた小さなジオラマを買った。
片面はシンガポールのマーライオン等、もう片面はクアラルンプールの建物というものだった。
もう一つ、金メッキの小粒の竜のストラップも買った。



チャイナタウン散策
雑貨屋をのぞく

鶏の干物
日本では目にしない光景である。

次は、シンガポールのメインストリートを散歩した。
トイレタイムを兼ねてショッピングモールに寄った。
オープンカフェで休んでいる間に、
女房は明日のアフター・ヌーン・ティ(ハイティー)に備えて靴を買った。
今回の旅行は観光目的でないので、女房はジーンズにスニーカーしか持って来なかった。


ショッピングモールのオープンカフェから見る

店を出て、孫娘2人が通う学校を外から見学した。
旧正月の休みでドアは閉ざされていた。
裏に回ってみると、校庭ではバスケットが終わってクリケットの練習が始まるところだった。



孫娘の通うインターナショナルスクール

名物?「変なおじさん」

「変なおじさん」が何かのパフォーマンスをしていた。
中華街でもみかけていたので写真を撮った。
 「写真を撮ったらチップをあげるものだ」、と息子に言われた。
2ドル紙幣が籠にいっぱい入っていた。

高島屋がある繁華街に戻り、地下鉄でいったん帰宅した。
シンガポールの地下鉄は無人で運転されている。
駅のホームは間仕切りとドアで線路と仕切られている。
線路への侵入や転倒防止の安全対策だろう、、なにしろ無人運行なのだ。
仕切りのドアは電車のドアと一緒に開いた。

車両の椅子は合成樹脂製で堅くて座り心地はよくない。
しかし、お年寄りが乗ってくると席を譲る光景をよく見掛けた。


地下鉄のホーム 安全対策の装備

自宅に戻って昼寝をしている間に、雷を伴うスコールがあったという。
目が覚めても小雨が降っていた。
予定の屋台村に行くかどうか、、、一同みな迷っていた。

シンガポールには数々の屋台村(ホーカーズ、ホーカーセンター)があるようだ。
行き先を近場の屋台村に変えて、屋根の下で座ることにしよう、となった。
歩いて行ける所らしい。
傘を持って出かけたが使わずに済んだ。
「ニュートンサーカス」に10分で着いた。


ホーカーズ「ニュートンサーカス」の
屋根のある席

テーブルの様子

ニュートンサーカスはシンガポールでも最大級の屋台村らしい。
88軒のホーカー(屋台店)があり、座席は1640席もあるという。
観光客だけでなく地元の人にも人気があるようだった。

この日も、屋根のある席はほぼ満席だった。
運よく空席を見つけられた。
座ると、注文伝票を持った店員がやってきた。
いくつか注文を取ると去っていった。

長男に聞くと、テーブルのある前の店の店員とは限らないそうだ。
とにかく「俺の客」というマーキングをするようなものだという。
後は客が好きな物を好きな店で買ってくる。

注文は、トムヤムクンに渡り蟹料理、、、等々。
息子と長男孫が手羽先を山盛り買ってきた。

山盛りの手羽先

ココナッツジュース

デザートは、孫たちはこれまた山盛りのアイスクリーム。
女房はココナッツジュースを一度飲んでみたいと言って上孫娘に買ってきてもらった。
私には料理が辛くて閉口気味だったが、孫たちは皆よく食べた。
逞しくなったものだ。

帰る頃には雨も上がり、屋根のない中庭のようなところの席も埋まり始めていた。
長男孫が、「満天下の屋根のない席は、ヨーロッパの人が好きなんだよ」と言っていた。


ニュートンサーカスの屋根ナシ席

<続く>