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2012年8月15日水曜日

「真珠の耳飾りの少女」と須坂そば


一昨日8月13日、東京都美術館で開催されている「マウリッツハイス美術館展」を観てきた。

マウリッツハイス美術館はオランダ・デンハーグにあり、昨年訪れていてまだ記憶に新しい。

その時もフェルメールを求めて世界中から人が集まっているのを感じた。
 (ブログ「オランダ・ベルギーとモンサンミッシェル②-Ⅰ~名画と運河~」)

東京都美術館のリニューアルオープン記念のこの企画展。
やはり呼びものは、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」のようだ。



通常は月曜は休館日だが、8月13日は臨時開室するとあった。
お盆休みと重なって混雑するかとも思ったが、
一日家の中に閉じこもっているのも不健康と考えて出かけることにした。

東京・二子玉川に住んでいる息子の所に用事もあった。
二子玉川に立ち寄った後、東急線で渋谷に出た。
渋谷に着いたのは午前11時半頃だった。

昼食には少し早かったが、現役時代に時折利用していた
「須坂そば」屋に立ち寄った。
渋谷駅南口近くにある。
いつも決まって大盛りを食べる。

JR山手線に乗って上野駅で降りた。
駅の構内「エキュート上野」の3階に「MUSEUM TICKETS」というチケット売り場ができていた。
上野近郊のミュージアムのチケットが買えるようだ。
行列ができていた。



JR上野駅構内 ミュージアムチケット売場

上野駅公園口の改札を出ると、夏の直射日光が肌に刺さるかのように痛かった。
横断歩道の信号を渡って上野公園に入ると、混雑が一層ひどくなった。

公園内の交番前まで来てみると、
以前は木立の茂みを少し入らないと見えなかった東京都美術館が見えた。
そして以前の出口(帰りに使う人が多かった)が入口になっていた。
門を入ると大きな金属製の球のオブジェあり、自分の姿を映して写真を撮った。


JR上野駅 お盆中も人でいっぱい

リニューアルオープンした東京都美術館

巨大な球体に自分を映してワンショット


実はこんな感じのオブジェ
井上武吉「my sky hole 85-2 光と影」という作品
美術館のシンボルになっている



東京都美術館はシルバー割引がある。
都の施設を利用する時は、いつも得した気分になれる。

入口には、「待ち時間は30分」とあったが、実際は20分程で入れた。
行列の脇に冷水が置かれ、扇風機がまわっていた。





展示室内に入ってみると、あまり混雑はなかった。
人気の「真珠の耳飾りの少女」は防弾ガラスで覆われていた。
流石に行列ができていた。

去年の11月デンハーグでの初見以来の再会だった。
その際に、「デルフトの眺め」らとともにゆっくりと鑑賞し目に焼き付けてきた。
今回はあっさりと見て通りすぎた。

大人気の「真珠の耳飾りの少女」は
防弾ガラスに守られていた

作品一覧を見ると、「ディアナとニンフたち」が出ていた。
戻って鑑賞し直した。
レンブラントの「自画像」やルーベンスの「聖母被昇天」も改めて観た。

フェルメール 「ディアナとニンフたち」

レンブラント 「自画像」

ルーベンス 「聖母被昇天」

出口のショップで絵ハガキを3枚買って美術館を後にした。


いつも上野へは御茶ノ水から湯島を抜けて歩くのだが、さすがに暑くて歩く気がしなかった。
(6月のブログ「フェルメールと湯島界隈」の時には歩いている。
 あの時は「ベルリン国立美術館展」でフェルメールの「真珠の首飾りの少女」が呼び物だった。)

いつもは帰りも秋葉原まで歩いてからJRで帰ってくるのだが、
歩くのはやめて上野からまっすぐ新宿に出て帰ってきた。


2012年1月28日土曜日

オランダ・ベルギーとモンサンミッシェル③ ~オランダからベルギーへ~


【3日目】 2011年11月5日 =キンデルダイク アントワープ ブリュッセル=


今日は、風車見学と「フランダースの犬」だ。

朝8時、2日間お世話になったホテルをバスで出発した。
アムステルダムからおよそ90キロ離れたキンデルダイクに向かう。
今もキンデルダイクに残る世界遺産の風車見物である。


ホテルの朝食

オランダ、ベルギーからパリへと
ツアー客を運んだバス
キンデルダイクには予定より少し早めに着いた。
風車観光は10月いっぱいで終わっていて、お土産店はすべてクローズしていた。
水路沿いの田舎道からの風景をカメラに収めながら散策した。


キンデルダイクの案内板

11月のキンデルダイクはオフシーズン

世界遺産の風車群
少々寂しげ

風車を取り囲む堀では、ゲイ風の若い2人連れが釣りをしていた。
何が釣れるのか聞いてみた。
魚籠をみせて、「まだ連れていない」と、ゼスチュアー混じりで応えた。

集合場所の駐車場に戻る途中で、中国の観光団とすれ違った。
先頭の一人が、「日本人か」と中国語で聞く。
無視していたら、日本語で聞き返してきた。
「私は日本人ですが、あなたは?」ラジオ講座で覚えたての中国語で聞き返した。

100キロ離れたアントワープへ向かう。
ここからはベルギーだ。

高速道路のサービスエリア

アントワープはベルギー第2の都市である。
日本では「フランダースの犬」で有名なようだ。
車中では添乗員さんがアントワープとフランダースの犬の説明をしていた。

私はというと、この説明を聞くまで実は物語の筋をよく知らなかった。
関心を持ったこともなかった。

私は、子供の頃をまったくの農村地帯の悪ガキとして育った。
絵本や童話とは縁遠い毎日を過ごしていたのだ。
だからか、私には「童話の世界」がぽつんと欠落しているところがある。
アントワープのノートルダム大聖堂が「フランダースの犬」の舞台だとは全く知らなかった。

ステーン城の向かいのレストランで昼食を取り、アントワープ見学がはじまった。

昔の城塞(ステーン城)・海洋博物館
道路を隔てた向かいのレストランで昼食をとった。

グローテマルクト広場
街の中心広場
市庁舎やギルドハウスが並ぶ


ブラボーの噴水とギルドハウス

ノートルダム大聖堂を見学する。
もちろん、皆の関心は「ルーベンスの祭壇画」に集まっていた。
入場者は説教部屋に掲げられた複製画を前に説明を受けた後、真作を見る手順になっていた。


ノートルダム大聖堂
ルーベンスの祭壇画

ノートルダム大聖堂前

祭壇画を見て一度広場に出たが、思いなおして聖堂内のショップに戻った。
物語の主人公をモチーフにした焼き物を買った。

バールに入ろうかと思ったが、あまり時間がないので止めた。
土産店をのぞいたら切手を置いているという。
20枚買った。

広場の外れに、日本と同じ赤色の四角いポスト風なボックスがあった。
汚れていて壊れかけていたので、持ち歩いていた絵手紙を投函するは止めておいた。

午後はブリュッセルに移動した。
王宮やEU本部をバスから見た後、バスを降りてグランプラスを散策した。

ベルギー王宮

グランプラス 大広場
「小便小僧」の像の前には大勢の観光客が押し寄せていた。
何故だかわからないが、小便小僧は大きな池の真ん中にあると勝手に想像していた。
見た瞬間には少々戸惑ったが、「ああ、こんなものか、、」という印象が残った。
写真に収めた。


世界一有名な小僧?

周辺にはワッフルとチョコレートの店が軒を連ねる。
ベルギーに来たからには、「ワッフルを食べ」て、「チョコを買う」しかない。

有名なチョコレート店に入ると、狭い店内は混雑していた。
レジでは中国人女性が20ユーロ程の買い物に500ユーロ札を出して店員を困らせていた。

私は食べたワッフルのチョコレートが口元や手についてふき取るのに一苦労した。


ワッフルやチョコレートのお店で賑わう

夕食は繁華街のレストランだった。

STELLA ARTOIS Cafe

メインディッシュのます料理
実は旅行に出てから便秘気味だった。
今日フリータイムになってからも、バールで3回トイレを借りた。
5~6ユーロは使ったと思う。
成果なしだったが、、。
夕食の間にも3回トイレに立った。
やっと気分爽快になった。

<続く>

2012年1月26日木曜日

オランダ・ベルギーとモンサンミッシェル②-Ⅱ ~独自のオプション~


【2日目】 2011年11月4日 =アムステルダム 「ゴッホ美術館」=



今回のツアーでは、ゴッホ美術館の見学は入っていなかった。

オランダでは、ぜひゴッホ美術館を訪ねたかった。
出発前に、「独自の行動を許してほしい」と添乗員に申し出ていた。
調べてみると、美術館は金曜日には夜10時まで開いていることが分かった。
ツアーの予定が終わってからでも訪ねるつもりで、
ホテルに到着した時に、繁華街にでかける方法を現地ガイドに確認しておいた。

ところが、先程のバス観光中に車窓からゴッホ美術館が見えた。
幸いにも国立美術館の近くにあることがわかった。
国立美術館の見学を、女房と途中で抜け出した。
トラム通り沿いに歩いて10分ほどであった。


アムステルダム 念願の「ゴッホ美術館」



美術館の入口には、若者がたむろしていて嫌な感じだった。
週末とあって、館内は観光客ばかりでなくオランダの若者たちで混雑していた。
国立美術館より人気があるようだった。

入口が二重になっていて少し戸惑った。
セキュリティーチックを受けて2階から3階へと見てまわった。
年次ごとに展示されている作品を駆け足で見た。
50分ほどで済ませた。

1階のグッズショップに立ち寄った。
気にいったものが見つからず、何も買わずに館外に出た。

傍にいるはずの女房の姿が見えない。
出口の扉が開いたので中に戻ろうとした。
すると、反対側の入口にいた係のおばさんに「そこからは入れない」と大きな声でとめられた。

「厄介なことにならなければいいが、、、」と思った時、
女房が「どこに行っていたのよ」と不満そうに言いながら出てきた。
国立美術館に戻ってツアーに合流した。

旅行会社の海外パックツアーでは、
有名な美術館見学が入っていなことが度々あった。
絵が好きな人ばかりでないのを考慮してのことだろうが、、。
数々の経験を羅列してみる。



=ミラノ 「最後の晩餐」=

「最後の晩餐」 レオナルド・ダ・ヴィンチ
ミラノ サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会
レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」は世界遺産なのに、、。
ホテルの朝食を取らずにタクシーで駆けつけ、どうにか予約なしで見ることができた。



=マドリード 「ゲルニカ」=

「ゲルニカ」 パブロ・ピカソ
マドリード ソフィア王妃芸術センター
ピカソの傑作「ゲルニカ」が見学スケジュールに入っていないとは、、。



=ウイーン 「絵画芸術」=


「絵画芸術」 ヨハネス・フェルメール
ウィーン 美術史美術館
館内の端の方にあるフェルメールの「絵画芸術」を見つけるのに相当時間がかかった。
もちろん、ラファエロ、ベラスケス、ティツィアーノの名画はすっ飛ばしだ。
クリムトの作品を巡ることもできなかった、、、。


=ブダペスト 「受胎告知」=


「受胎告知」 エル・グレコ
ブダペスト国立西洋美術館

世界遺産の地下鉄に乗って美術館を訪ねた。
しかし、休館日で入ることができなかった、、。

意気消沈した帰りの地下鉄では大変だった。
出口を間違えてしまい、引き返そうとして駅員につかまってしまった。
説明するのに随分と時間がかかってしまった。

このように、行程が設定されたパックツアーを楽しむには、
我々は‘独自の工夫’でちょっとしたカスタムメードを重ねてきたわけだった。

今回のゴッホ美術館もまた、面白いエピソードとして‘独自の工夫’に加わった。

2日目も夜となり、ホテルに戻ってから絵手紙を描いた。
海外旅行に出ると、子供や孫、親しい友達に絵手紙を出し続けている。
自分にも旅日記のつもりで出すようになった。
切手を買ってホテルのフロントに投函を頼むなど、語学の習得になっていると思っている。
しかし、最近はパソコンや携帯電話の普及でホテルは切手を置かなくなっている。
切手を手に入れるのに一苦労する。


<続く>


オランダ・ベルギーとモンサンミッシェル②-Ⅰ ~名画と運河~


【2日目】 2011年11月4日 =ハーグとアムステルダム=

今日は、ハーグとアムステルダムの見物だった。

朝8時半、バスでオランダ政治の中心地のハーグへ出発した。
現地の地図では、「デン・ハーグ」と記されている。
旅行していると、日本での呼び方と異なる町や地域に戸惑うことがある。
バスで1時間半、ハーグ郊外に着いた。

日本のニュースでよく取り上げられる、国際司法裁判所の前で写真を撮る。
人通りの少ない、初冬の寒々とした木立に囲まれた中に、ぽつんと建っていた。
ガイドの説明では、アメリカのカーネギーが寄贈したということだった。


国際司法裁判所が設置されている
オランダ・ハーグの「平和宮」

すぐにバスに戻った。
フェルメールの絵が収蔵されている「マウリッツハイス美術館」に向かう。

開館まで時間があった。
オランダの国家機関が集まる「ビネンホフ(中庭という意味)」を駆け足で見学する。
敷地を囲うお堀の外から建物群をカメラに収める。


「ビネンホフ」を堀の外から

電車通りから歩き正面門から入場した。
「騎士の館」を背景に、一行が代わる代わる記念のシャッターを押す。
騎士の館は国会議事堂として使われているのだそうだ。

少し離れた中庭では、大学生らしい衣装をつけた若者4~5人が、
テレビか映画用のカメラを前に演技していた。



「騎士の館」

敷地を抜けて裏門を出ると、目の前に美術館があった。
フェルメールの絵を鑑賞するために世界各地から観光客が訪れる。

午前10時の開門を待って、「青いターバンの少女(真珠の耳飾の少女)」「デルフトの眺望」
「ディアナとニンフたち」をゆっくりと鑑賞した。


「マウリッツハイス美術館」
フェルメールを求めて世界中から人が、、


青いターバンの少女 真珠の耳飾の少女

デルフトの眺望

ディアナとニンフたち

館内のショップで複製画を記念に買った。
外に出て美術館周辺を散策した。
着いた時とは違い、人通りが多くなって町が賑わいはじめていた。
ツアーの人たちと離れて、日本から遠くはなれた町を女房と2人でただ歩いている時に、
「旅をしている」という実感が湧いてくる。

アムステルダムへ引き返した。
昼食をとるレストランへ。

少し離れた場所でバスを降りて運河沿いの街を歩いた。
途中、入口の狭い建物に長い行列ができていた。
ガラス窓に「アンネ・フランクの隠れ家」というポスターが貼ってあった。


「アンネ・フランクの隠れ家」
長い行列が、、、

隠れ家にしては、「こんなに人目につきやすい所では、見つかってしまう」 という印象だった。
数年前ドイツを旅行した時に機内で読んだ「アンネの日記」を思い出していた。




レストランでは名物のパンケーキを食べた。


アムステルダムのレストラン

名物のパンケーキ 大きい

昼食の後は、「運河クルーズ」だ。

レストランへの到着が予定より遅れ、時間が押せ押せになっていた。
クルーズ船の出発時刻を過ぎている。
乗り場へ急いだ。

船内は満席状態だった。
ほとんどが中国からの観光客である。
中国人が座っている椅子に割り込む。

ここ数年、海外旅行をしていると、中国人と出会うことが多い。
仲間同士が声高に会話をして、皆一様に日本製カメラを持っている。
クルーズ船でも、若者が岸辺に憩う女性にレンズをむけて「きれいだよ」と大声を出していた。


アムステルダム 運河クルーズ

運河沿いの街を楽しむ

美しい建物が並んでいる

船の形をした「船の博物館」(河口近く)

クルーズの終点はダイヤモンド研磨工場になっていた。
工場では日本人のインストラクターがいて、巧みな話術と仕掛けで購買心を煽っていた。
2人ほど買ったと聞いた。
バスからの市内観光に移る。


車窓からのアムステルダム中央駅

大きな広場

車窓からアムステルダム中央駅や駅近くの路地にある「飾り窓」を見た。
「アムステルダム国立美術館」に到着した。
11月に入って日没が早く、すでに薄暗くなっていた。


国立美術館は改修工事の最中で、展示場は仮設されていた。
壁は黒い布で覆われ、フェルメールの「牛乳を注ぐ女」とレンブラントの「夜警」が掛けられていた。
絵の前には見る人もなく、幸いにも1
人占めの状態だった。


改装中の「アムステルダム国立美術館」


レンブラント 「夜警」

フェルメール 「牛乳を注ぐ女」

<続く>